Monumento

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  • 2019/01/16 22:20
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伊達家の始祖  藤原朝宗の墓  藤原朝宗は、藤原氏魚名流に属し、中納言山蔭の後裔で、母は源頼朝の伯母 であった。彼は、常陸国新治郡伊佐荘の荘司であったが、若い頃には都に上り、高松女院 に仕えたこともある。文治五年(# 118...

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  • 2019/01/16 21:45
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桑折陣屋跡  桑折周辺の信達地方 は、江戸時代に入ると、米沢藩上杉 氏領となりましたが、寛文四年(# 1664)に幕領へと移り、幕府代官所が福島に置かれていました。その後、信達地方は一時福島藩本多氏領となりましたが、天和二年(...

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  • 2019/01/16 20:09
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重要文化財建造物旧伊達郡役所 指定・昭和五十三年六月二十七日 所在地・桑折町字陣屋十二番地  この建物は、明治十六年(# 1883)十月、三島通庸県令 のときに、桑折町の大工棟梁山内幸之助・銀作の両氏の手によっ...

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  • 2019/01/16 13:34
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国指定重文 経堂 当山開基、足利義兼 が妻の供養の為一切経会 を修する道場として鎌倉時代に創建したといわれるが、現在の建物は応永十四年(# 1407年)関東管領足利満兼 により再建された。 足利家は鎌倉・室町の両...

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  • 2019/01/16 13:22
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国指定史跡  阿津賀志山の古戦場 指定 昭和五十六年三月十四日  文治五年(# 1189)七月、源頼朝 は奥州平泉の藤原泰衡 を討伐するため、全国の御家人を総動員して奥州攻めの征途についた。泰衡は、この鎌倉軍を迎え撃つべく...

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  • 2019/01/16 11:10
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町指定史跡 藤田城跡 指定 平成五年十月一日 藤田城跡は山崎字南古館・北古館、通称「源宗山 」に位置する中世の城館跡である。現在は中心部が東西約一八〇m・南北一六〇mの略方形を呈する広大な平場で、西辺と南辺の一部に土塁跡...

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  • 2019/01/16 10:54
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町指定史跡 旧奥州道中国見峠長坂跡 (昭和六十年三月十五日指定)  国見峠は、厚樫山 の東腹部に位置し、古代においては律令政府の都である奈良や京都、中世以降は武家政権の幕府が置かれた鎌倉、京都や江戸より、陸奥、出羽の両国へ...

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  • 2019/01/15 21:42
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厄除元三慈恵大師一千年御遠忌記念事業 一、金銅大梵鐘 について  厄除元三慈恵大師 一千年御遠忌を記念し て建立された金銅大梵鐘は、人間国宝香取 正彦 先生によって謹製され、日本一大きな金 の梵鐘で、直径一、一五メート...

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  • 2019/01/15 21:25
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田中正造翁の墓 田中正造翁(# 1841~1913)は佐野市小中町に生まれ、この惣宗寺 を本拠地として政治の道に進み、栃木県会議長 を経て帝国議会代議士 となり憲政史上に不朽の名を留め、全生涯を正義の旗手として人権の尊重と自...

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  • 2019/01/15 17:46
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惣宗寺  田中正造墓所  正造分骨地の一つである惣宗寺墓所は、正造翁が生前自然石を酷愛せる事万人の知悉せるところにより、その心事を探酌し、大正九年六月十一日、自然石を以て正造の精神を敬仰し、その徳風を追慕し、 又遺風を後世に永...

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  • 2019/01/15 17:35
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佐野市指定有形文化財工芸品 ) 金井上町2233 惣宗寺 銅鐘 昭和33年1月10日 指定 口径 89.99cm 総高 146.04cm 重量 約1125kg  明曆4(1658)年、天明鋳工105人が合作し...

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  • 2019/01/15 17:24
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馬頭観音(梵名・ハヤグリーヴァ) 悪を破り仏法を護る明王慈悲 の方便として怒りや力の面も備えた観音の性格を特に強調したもので衆生の暗やみを照し苦悩を断念することを本願とする。

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  • 2019/01/15 17:20
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木造  地藏菩薩立像  天和二年(# 1682) 江戸の芝白金町松秀寺 より日限地蔵尊 を勧請し、地蔵堂を建立したものである。像は徳一大師 の作といわれ、木造寄木造りで内ぐりされ玉眼 になっている。胎内には木造の僧形があ...

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  • 2019/01/15 16:10
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芦畦の獅子舞  約七百年前に始まったといわれる獅子舞で、昔、芦畦とよばれた並木町花岡 に伝わるものである。  毎年、旧六月一日と十五日に近い日曜日に行われる厄除け行事で、三頭の獅子が、太刀持・ささら等のお供を従え、笛、太鼓の音...

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  • 2019/01/15 16:09
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芦畦の獅子舞  約七百年前に始まったといわれる獅子舞で、昔、芦畦とよばれた並木町花岡 に伝わるものである。  毎年、旧六月一日と十五日に近い日曜日に行われる厄除け行事で、三頭の獅子が、太刀持・ささら等のお供を従え、笛、太鼓の音...

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  • 2019/01/14 22:34
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由緒書 當社は鹿島神社 と稱し、建御雷神 (別名鹿島神)を奉斎す、神域一町余歩は姫路藩主松平 (奥平)下總守忠明 の寄進する所なり。神社の創建は正保二酉年即ち(昭和三十五年)を去る三百十五年の昔にして、創建者は當部落の開拓者...

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  • 2019/01/14 14:56
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八丁目見て歩き 八丁目 とは  「八丁目」の名の由来は、安達郡(現在の二本松市 )との境から北八丁にあるためとされる。 八丁目宿  近世の松川地区は、八丁目・鼓ヶ岡・天明根の三村が接続し、通称「八丁目宿 」の宿駅を構成し...

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  • 2019/01/14 13:47
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六地蔵の道標  この道標は以前、現在地より北約十メートルの所にあった。それが、昭和四十年(# 1965)代初期に施工された県道の改良工事により道路敷地となったため現在地に移設されたものである。  石合町のはずれに建つここは相馬...

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  • 2019/01/14 13:34
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八丁目天滿宮  天神様の呼称で親しまれている。古くは八丁目村と天 明根村の鎮守社。明治四年の神仏分離 の際、現社名に改称。ご祭神は学問の神様と言われる菅原道真公 である。  文正年中(# 1466~97)筑紫大宰府 (福...

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  • 2019/01/14 13:13
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いろは組腕用ポンプ  この腕用ポンプは明治二十五年(# 1892)の向町大火を機に有志間に消防ポンプ備えつけの声があがり松川消防組 発足の翌年、明治三十年(# 1897)向町、天明根、中町の三町が共同購入したときのものと思われま...