Monumento

ogaworks さん

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神奈川県指定天然記念物 叶神社の社叢林 昭和五十一年十二月十七日指定 東浦賀町二丁目五十九番一他  浦賀湾の東岸丘陵の突端斜面に位置する叶神社の社叢林は、標高五三メートルの山頂まで見事な常緑広葉樹林で被われている。  山頂付近...

北国街道 平原一里塚跡

藻振観音堂跡 平成十一年 御津町

日本のへそ」 (経緯度交差点) この地は東経135度北緯35度 の経緯度交差点で、海抜六三米です。 大正十年、建設省国土地理院の前身である陸軍参謀本部陸地測量部によって計測されたもので、標柱の文字は終戦時の首相で、時...

日本のへそ」 (経緯度交差点) この地は東経135度北緯35度の経緯度交差点で、海抜六三米です。 大正十年、建設省国土地理院の前身である陸軍参謀本部陸地測量部によって計測されたもので、標柱の文字は終戦時の首相で、時の...

日本のへそ」 (経緯度交差点) この地は東経一三五度北緯三五度の経緯度交差点で、海抜六三米です。 大正十年、建設省国土地理院の前身である陸軍参謀本部陸地測量部によって計測されたもので、標柱の文字は終戦時の首相で、時の...

生野町指定文化財 生野鉱山正門門柱 菊の御紋の入った門柱 生野銀山は明治に入ると共に場外幕府の天領時代に終りを告げ政府の直轄鉱山となり近代化が急速に進められた。  この門柱は明治九年その責任者としてフランスから招かれて来たジャン...

東京都指定無形民俗文化財(風俗慣習) 世田谷のボロ市 伝承地  世田谷区世田谷一丁目・弦巻五丁目  ボロ市通り・世田谷通り(一部)・駒沢公園通り(一部) 保存及び開催責任者  世田谷区世田谷一丁目二十三番5号  せたがやボ...

柴右衛門狸 三熊山の柴右衛門狸です。城下町洲本の古い民話に登場します。三熊山は右手に見える城山です

二の門跡 東面、木造、本瓦葺、二階造り、梁間三間、桁行八間  本丸から大手門にいたる第二の門で「二の御門」と呼ばれていた。  一の門の東方一直線上にあたり、武器庫として使用された。門内はニの丸といい、藩政を執る役所が置かれていた...

史跡 吉田橋関門跡 横濱市長 平沼亮三書 昭和二十九年四月建 開国百年祭記念

野毛おでんの歴史  一九〇三年(明治三十六年)、横浜開港でにぎわう現在の野毛交差点付近にて屋台を始めました。  その後、一九一三年(大正二年)に今の吉田町に移転し、関東大震災や横浜大空襲を乗り越え今日に至ります。  創業百十余年...

残念切りの石 その昔他国から狼藉者が徒党を組んで当神谷神社の社殿及び境内で狼藉を働かんとしてここまで来た時無数の熊蜂が群をなし飛び来り境内に一歩も進むこと能わず残念の余り傍にありし石を刀を以て切りつけそのうっ憤を晴らして退散したと云...

博多塀 はかたべい  豊臣秀吉が博多の町の戦災復興、いわゆる太閤町割りを行ったとき、神社・仏閣や豪商の屋敷に築かれた土塀は、兵火による焼石、焼け瓦を粘土で固めてつくられ、、「博多塀」と呼ばれました。

索道基地跡(花木園)  明治38年、東平の索道基地がここに完成しました。  鉱石・生活用品・資機材等を東平・下部鉄道黒石駅(昭和10年からは端出場)迄運んでいました。現在は、東平ゆかりのシャクナゲやドウダンツツジなどを植栽した花木...

七丁石 国指定史跡 昭和八年二月二十八日 頂尖板状自然石花崗岩製 中心高さ 六十七センチ 中央幅  三十五センチ 厚さ   三十センチ  上部中央に梵字 *(アク)が大きく薬研彫されている。 下右に 願主 下左に 藤...

品川宿の松  この松は、旧東海道品川宿 のシンボルとなる「街道松」として、東海道 が取り持つ縁で、二十九番目の宿場があった静岡県浜松市の有賀慶吉氏より品川区に寄贈された樹齢約八十年の黒松です。  斜めに傾いた幹は、 風雨に耐え...

半四郎落し物語 むかし、ここ城ヶ崎にほど近い富戸村に、半四郎とおよしというたいそう仲のよい夫婦がおりました。ある日、半四郎はひとり海へトジ刈りにト出掛けました。 カゴにいっぱいのトジを背負い岩場で休んでから家に帰ろうとつかれた腰を...

昭和三十三年十月十日 上野驛開設七十五周年記念式の佳日その席に列した朝倉文夫 先生は たまたま驛の開設が明治十六年で先生と生誕を同じくしていることを知り深く喜懌になり記念のために 台東區を通じてこの像を贈られここに建設されたものであ...

史跡 詫間海軍航空隊跡 神風特別攻撃隊出撃の地