Monumento

kawa_sanpo

2017/08/27

Tags: ocr-generated 長野県 富士見町

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「甲州道中」


P1
徳川家康が関東に入り江戸城を根拠地としたのが天正十八年(1590)小田原
北条氏が滅亡した年であり,以後江戸を守護する目的で周辺の交通網の整備
(城下町の醸成)を進捗していた。 慶長八年(1603)征夷大将軍に任じられ江
戸幕府を開いたのを機に軍事上のみならず政治経済上の理由から江戸に通ず
る主要幹線道路を指定して(後に江戸五街道と云う)各街道に宿駅(宿場)の
充実完備を命じ,翌慶長九年には通行の便のため一里塚(36丁=約4KMを1里
と定め)を築かせた。(江戸五街道-東海道・中仙道・奥州道中・日光道中・甲州
道中)(五街道の概念は宝永年間から正徳年間(1710年台)に確定したと云わ
れている)

慶長八年(163)に江戸の幹線道路の一つとして指定された「甲州道中」
は当初は「甲州海道」と云われていたが正徳六年(1716)に海なき道を海道
とは言えないとして「甲州道中」を正式名とした。しかし複合的に道路を
指す場合は街道とも云った由, 明治になりどちらでも良いとなったが現在
の道路マップには国道20号線(甲州街道)となっていて江戸時代の甲州道中
と混乱する。本来の「甲州道中」は約35%が別の道順を辿っている。
○絵図をご参照ください。
行 程 :東京都中央区日本橋→千代田区→新宿区→世田谷区・杉並区→
三鷹市・調布市→府中市→国立市→立川市→日野市→八王子市→神奈
川県(相模湖・藤野町)→山梨県(上野原町・大月市・勝沼町・甲府市・
韮崎市)→長野県諏訪郡(葛木・富士見・青柳・茅野・上諏訪→下諏訪)
○ 甲州道中がほぼ整ったのは, 日本橋から最初の宿場が下高井戸に置かれ
てから先ず江戸~甲府の間が逐次整備されてさらに甲府から下諏訪宿まで
延長されたのが慶長15~16年 と云われているので1610年頃には一応の完成
を見たとされている。
○ 総延長距離は53里11丁(約210km)と云われているが別の資料
によると53里24丁とも云う(事情により行路が変更されたので異なり
が出たか)に約4km毎に一里塚が築かれた。(36T-1里, 1T-109M)

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2018-03-28 00:01 (0)
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